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6冊目『死神の精度』/伊坂幸太郎

死神の精度 (文春文庫)

死神の精度 (文春文庫)

 

今更感ありますが、『死神の精度』を読了致しましたので、ご紹介をさせていただきたい。筆者は伊坂幸太郎さん。『オーデュボンの祈り』でデビューし、『ラッシュライフ』『重力ピエロ』『アヒルと鴨のコインロッカー』『砂漠』といった話題作を次々と世に送り出すヒットメーカー。しかし山崎はどれも未読で、恥ずかしながら今回が初の伊坂幸太郎。この作品が入り口でよかった。非常に面白かったです。

物語構成は全6章の短編で1話完結。他のエピソードの関連もすこしアリ。なので、オムニバス作品とも言えるかも。1話の短さはちょうどよく、何より面白いので、さっくり読めてしまうと思います。あ、文庫として持ち運ぶ時にじゃまにならない薄さですよ!これは文庫化書籍を見るときには重要な部分かと。長すぎず短すぎずで、スキマ時間で読むにぴったり!

ではまず、ざっくりあらすじを。

主人公は死神の「千葉」。千葉が所属している「調査部」の仕事は、人間の死期を見定めること。「情報部」より伝達された死ぬ運命にある人間に接触して、「可」か「見送り」のどちらかを部署に報告します。調査の期間は7日間。「可」と報告をされた人物は、8日目に死ぬことになります。8日目に死を見届けて、死神の仕事は終了。逆に、「見送り」を報告された人間は、天寿を全うすることになります。

我々が垣間見るのは、6人の老若男女の物語。苦情処理係の女性、任侠の男、夫と旅行に来た中年女性、イケメンなのにわざとダサい格好をする男、母と見知らぬ男を刺殺した凶悪犯、美容院を一人営む女性……それぞれの人生が、死神・千葉の視点で描かれます。

主人公の死神・千葉の特徴は、クール。カッコいい。死神の容姿は、選定された人間と接触をしやすいように、その仕事ごとに変わります。なぜか千葉の場合は大抵20代の好青年であることが多いので、僕の脳内の千葉は、この世ならざる者特有の美ともつかない魅力を感じるイケメンって感じ。仕事をするとき、必ず天気が雨だったり、晴れではない天気になるというところも、なんかいいじゃないですか。なんか、いいじゃないですか。

千葉は、仕事にはほとんどやる気を見せません。それは他の死神も同様らしく、大体は観察対象が死んでしまう「可」を選びます。とっとと仕事を終わらせて帰るためで、それが死神社会ではすっかり慣習になっている様子。千葉は、「人間の生死に意味や価値は無いもの」というスタンスを取ります。興味薄すぎ。そのためか、人間の価値観や言葉の使い方への認識が甘いシーンが散見されて、ちょっとした可愛さがあるんですな。例として、「雨男」を「雪男」のようなものと勘違いしたり。

ただ、音楽だけにはものすごく執着します。その執着っぷり、偏愛っぷりは凄まじく、他のことにはとんと無関心であるのにも関わらず、

ジャズでも、ロックでも、クラシックでも、どれであろうとミュージックは最高だ。聴いているだけで、私は幸せになれる。たぶん、他の仲間も同じだろう。-p.28

こんな具合ですから、死神社会には音楽と呼べるものが無いのかもしれませんね。

そうそう、死神の社会について非常に興味を掻き立てられるんですよ。死神の世界についての描写は少ないんですけど、少なくともミクロな社会、つまり組織的な社会の存在は確認ができます。

死神は全知全能的なものではなく、本当に役人というか、サラリーマン的な存在として描かれます。そしてかなりの縦割り社会の中で存在しているということが伺えます。人間は、死神に「可」と判断されれば、事故か事件に巻き込まれる「不遇の死」を遂げることになります。しかし、判断した死神がどのようにその人間が死ぬのか、報告をあげる段階では分かりません。また、対象となる人間がどうして死ぬのかという判定は、死神には分かりません。こういった情報の制限は、「管轄外」だからという文言で説明されます。

「死神は素手で人間に触れてはならない」という就労規定めいたものもあります。死神が素手で人間にさわると、その人間はその場で気絶し、寿命も一年減ります。これは人間界におけるタバコのポイ捨てや信号無視に似た形骸化されたルールらしく、しかし違反者にはペナルティとして肉体労働や更生プログラムへの参加が命じられるという、人間にも理解できるような規則があるようです。

仕事の縦割りとか規則の形骸化とか、もしかしたら人間以上に「官僚制」が敷かれてるのかな~とか想像するのも楽しいです。

死神の苗字は千葉のように、市や町、つまり自治体の名前であるという設定も、そういうのを示唆していたり……?考え過ぎ?

「情報部」に尋ねれば、その人間の過去について教えてもらえる場合もあるそうで、選定された理由が浮き彫りになるような、あくどい過去をもつ人物も現れたりするのですが、その理由に死神は興味がありません。興味があるのは音楽だけ。

ですから、雨の日に、人に素手で触ろうとせず、名字が市や町の名前で、CDショップで音楽を聞くことにふけっている人がいたら、もしかすると誰かの死を選定しにきた死神かもしれません──というのは、本書の表紙裏に書かれた紹介文に書いていることなんですけれども。

伊坂作品に触れたのが初めてでして、他の作品と比較したりすることができず、薄っぺらい書評しかできずに申し訳がないのですが……言葉選びだとか、人間ではない者の視点から人間を描くことによって際立つ登場人物の感情表現だとか、ちょっと厭世的な登場人物のセリフとか、いつかバレないように使ってみたい比喩表現が散見されていたりだとか、もう一言では言い表せない魅力に満ちた作品であることは間違い無いです。

千葉が主人公の別の物語である『死神の浮力』も、めちゃ読みたい。

死神の浮力 (文春文庫)

死神の浮力 (文春文庫)

 

本当は民間伝承と本作の死神の違いとか、死神社会ってどうなっているのかということをもっと掘り下げようと思ったのですが、ちょっと込み入った話になってしまうかと思いますので、それらはまた別の機会に。