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16冊目『氷菓』/米澤穂信

氷菓 (角川文庫)

氷菓 (角川文庫)

 

アニメを観てから原作を読むという流れは、あまり好きでは無いのです。

ハリー・ポッターも、ナルニア国物語も、ダレン・シャンハウルの動く城も、児童文学を然るべき年齢で楽しんでいた時は、原作→メディアミックスの流れを汲みたいと、幼心ながらに思っていました。

ただ、例外は京都アニメーション作品群です。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『Free!』などはアニメから入って原作を読んだのであります。この『氷菓』も、そういう作品の1つです。

 

主人公の折木奉太郎は「省エネ主義」を掲げる高校1年生。自由奔放な姉とは対象的に厭世的であり、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーとして掲げている。

部活動が盛んな神山高校に入学するも、全くと言っていいほどに部活動、及び高校生らしい生活に興味を示さなかったが、海外旅行中の姉からの手紙が来る。「古典部に入れ」と書いてある。合気道と逮捕術をマスターした姉に反発するのは得策ではないと判断し、中学からの旧友である福部里志にも後を押されて、廃部寸前の古典部へ入部届けを出す。

 

部室である地学講義室は鍵がかかっていた。予め用務員室から鍵を借りていた奉太郎は鍵を使って中に入ると、無人と思われていた地学講義室の窓辺に、女子高生がひとり。

ヒロインの千反田えるだ。彼女の登場と共に、ひとつの謎が生まれる。えるによれば、自分が地学講義室に到着したときには、鍵をかけていなかったし、鍵を内側からかけていたわけでもなかった。どうして自分は、一時的とはいえ閉じ込められていたのか?

わたし、気になります

ということで、奉太郎は自身の省エネ主義を千反田えるによって崩壊させられる。えるは好奇心の権化であり、気になったことについて追求したがる。平素はおとなしく、清楚な外見、そして豪農千反田家の娘という正真正銘のお嬢様だが、一度何か気になり始めると、その好奇心は止まらない。

何の因果か、省エネ主義者の奉太郎は、推論の才があり、えるが閉じ込められていた謎をはじめ、彼女に振り回される先々で起きる事件も解決してしまう。それが結果として、33年前に古典部が文化祭で頒布した文集『氷菓』の謎を探ることになり……というのがあらすじ。

 

「ちょっぴりホロ苦い青春ミステリ」という文言が背表紙の紹介文に書かれているけれど、読後感は爽やかさが勝るかなと思います。

ミステリではありますが、いわゆる日常系事件の解決で、現在時間軸における死人は無し。そこを物足りないと感じる可能性があるなら、本書はおすすめできません。

それに、一人の普通の少年が、ホームズ的な力をたまたま持っているというところに、なんだか違和感を持つ人もいるかもしれません。

ライトノベル界隈には、チート系ご都合主義が蔓延したことによって、当事者が無自覚的な特異能力を持つという設定に、アレルギー反応を示す人もいると聞きます。

しかし、そうじゃないんだよということを言いたい。奉太郎はチートではないのです。

事件解決の糸口となる情報はしっかりと提示されているんですね。そこは、荒唐無稽な閃き一辺倒のホームズ(というと怒られるかもしれないけれど、いいよね。コナン・ドイルのやっつけ仕事なんだし)とは違うところで、しっかりと読者も推論を立てながら読むという楽しみ方ができるのです。ここもこの作品の魅力のひとつ。

総じて、僕はこの話は好き。爽やかさと苦さ、どちらもあるけれど、そのバランスが見事に取れており、アニメ視聴終了後とさほど満足感は変わりませんでした。

あ、アニメは最高だと思います。だからこの作品も最高だと思います。

本格ミステリファンがこの記事を読んだら怒るかしら。怒らしておけばいいんです。

 

ところで、アニメは観たけど小説はまだ、という人へ。

アニメと小説の相違点は、アニメのほうが、奉太郎とえるの恋愛的な演出が多かったり、時代背景が違ったり、演出や話の流れとかの微妙な差異があります。でも、気になりません。原作との差はさほど無いと思われます。

何が言いたいかというと、アニメを観た人でも楽しめるということであります。ぜひ原作にも手を出して欲しいです。

 

さて、今作が発表されたのは2001年。『ブギーポップ』シリーズや『キノの旅』なども発表され、今では名作扱いになっているラノベ作品が次々と出てくるという時代です。

ブギーポップ』シリーズにも言えることですが、ポスト・エヴァンゲリオンジュブナイルの登場人物は、ある種の諦念を社会に持っていることが多いという傾向があります。これは別に僕の意見ではなく、サブカルチャー研究者は、概ねこの意見に賛同してくれると思われます。

外の世界よりも、自己を中心とした狭い範囲の世界に興味関心がある。逆に言うと、それ以外はどうでも良い。そういう内面的特徴を抱える人物が主人公であったり、登場人物であったりするものが増えます。これを「やれやれ系」とか言います。

主人公の折木奉太郎は「やれやれ系」でしょう。でも、ヒロインであるえるや、元中(久しぶりにこの言葉使った)の福部里志伊原摩耶花、事件関係者とのコミュニケーションの中で、「反・省エネ主義」ともとれる行動を、無意識的に取り始めるようになるという「成長」を読むことができるんですね。

そこに、当時流行ったセカイ系とは違う、無力感ではない、「青春の爽やか風味」を感じることができるのかなと。

 全く成長しない碇シンジ君よりも、ひねくれすぎてもどかしい『涼宮ハルヒ』シリーズのキョンよりも、自分の気持ちに素直だし、人間臭い。そこが折木奉太郎の魅力です。

 

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