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10冊目『【新釈】走れメロス 他四篇』/森見登美彦

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)

新釈 走れメロス 他四篇 (祥伝社文庫 も 10-1)

 

雑記ブログ『点の記録』でも取り上げた短編集。

確か、はてなブログのお題で、「誰かにプレゼントをする本はどれ?」というような内容の記事を書こうということがあったときに、真っ先に思い浮かんだ本。

著者の森見登美彦の名前を知らない人も少なくなってきているだろう。ファンとして非常に嬉しい。『四畳半神話大系』『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』『ペンギン・ハイウェイ』はアニメとして映像化され、TVシリーズや劇場版アニメの原作者として知られる。しかし、これらのメディアミックス作品をきっかけとして森見作品を読み始めてみようかしらとか、小説なんて久々に読んでみるかという人は気をつけたほうが良い。『夜は短し歩けよ乙女』を除いて、さっくり読めるものでは無い。

よりさっくり森見作品を味見したいというのならば、この『【新釈】走れメロス 他四篇』を推したい。

本書のコンセプトは平たく言うと著者が近代文学をリメイクするというものだ。中島敦の『山月記』、芥川龍之介の『藪の中』、太宰治の『走れメロス』、坂口安吾の『桜の森の満開の下』、森鴎外の『百物語』が、現代の京都で繰り広げられる摩訶不思議珍妙キテレツな物語に変わっている。基本的には、京都大学生が主人公だ。

上記の日本文学に燦然と輝く名作を、抱腹絶倒のコメディ、はたまた息を呑む人間ドラマ、哀愁漂うファンタジーなどなど、バラエティに富んだ形で仕立て直している。

独特の文体に好き嫌いが分かれるかもしれない。しかし、一度ハマってしまえば、森見氏の放つ毒のようなものが読後にはすでに体中を駆け巡っていて、他の作品も読んでみたいと思うに違いない。

本書表題の「走れメロス」は上に挙げたジャンルでいうと抱腹絶倒コメディに分類される。著者は基本的に地の文にも会話文にも、いい意味で捻くれたユーモアを散りばめるので、どこを読んでもクスッと来るような作品を書くのだけれど、この走れメロスに関してはどこを切り取って読んでもやりたい放題で面白い。

主人公のメロスは「詭弁論部」の幽霊部員、腐れ大学生「芽野」となり、親友のセリヌンティウスは同じく詭弁論部に所属し芽野のことなんか微塵も信用していない「芹名(せりな)」となって登場する。邪智暴虐を尽くしていた王は京都大学アンダーグラウンドを牛耳る「図書館警察長官」となって出てくる。

久方ぶりに芽野が大学を訪れると、所属していた詭弁論部は図書館警察長官の身勝手な謀略によって部室を剥奪されていた。勝手に「生湯葉研究会」にされた部室を取り戻すために単身長官に殴り込みに行く芽野であったが、条件として提示されたのは「桃色ブリーフ一丁でクラシック音楽をバックに学園祭の公衆の面前で踊る」というものだった。

破廉恥極まりない条件を呑みたくない芽野は、友人の芹名を人質に、「姉の結婚式があるので出たい。それまで待って欲しい。必ず戻って桃色ブリーフ一丁で踊るから部室を返して欲しい」と言って大学をあとにした。しかし芽野に姉はいない。嘘である。逃走したのだ。芹名は端っから身代わりにされることを予期していたので、長官にそのことをあっさり伝えると、長官は激怒。パシリたちに、芽野捕縛を命じ、京都大学周辺を舞台としたドタバタ逃亡劇がスタートするというもの。

この短編一冊読んでもお釣りが来る面白さ。騙されたと思って読んでみて欲しい。

ちなみに、もし読むならば、祥伝社文庫版をおすすめしたい。芽野の逃走経路が巻頭付録としてついている。

文庫、そして短編であり、さっくり読める森見作品。初めの一冊に是非。

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

 

デビュー作品『太陽の塔』も、実は入り口になっているから、どこかのタイミングで紹介したい。