7冊目『猫語の教科書』/ポール・ギャリコ
- 作者: ポールギャリコ,Paul Gallico,灰島かり
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1998/12/01
- メディア: 文庫
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実は人間の世界だけでなく、猫の世界にも猫が書いた自己啓発ノウハウ本があるのをご存知でしょうか。それが本書、『猫語の教科書』です。
このコンセプト、すごい好きです。著者(といよりも猫語を翻訳した人物という体ですが)はアメリカの小説家であるポール・ギャリコです。『スノーグース』や『ポセイドン・アドベンチャー』で有名。
交通事故で母を亡くし、生後6週間にして広い世の中に放り出される。1週間ほどの野外生活を経て、人間の家の乗っ取りを決意。いかにして居心地のいい家に入り込むか、飼い主を思いのままにしつけるか、その豊かな経験を生かして本書を執筆。四匹の子猫たちを理想的な家庭へと巣立たせた後は、いっそう快適な生活を送り続けている
ちくま学芸文庫のカバーは、表紙をめくったところに著者のプロフィール欄があるのですが、書かれているのはポール・ギャリコではなく、「著者とされる猫」のものです。ここからもう、この書がユーモアたっぷりであることが伺い知れる点で良い構成だなと。
本書は猫の視点で人間を観察し、どのようにすれば理想的な生活を送れるのかということを、猫に向けて書いたものです。猫が好きなので、もう、手放しで全編通して好きです。本当はオッサンが書いた文章なんですけど、いやいや、猫が書いたようにしか思えない。僕が好きな箇所をいろいろ紹介したいのですが、長ったらしい僕の紹介よりも本書を買って読んで欲しいので、1箇所だけ。
人間は、ほんの少しのいいところを除くと、愚かだし、虚栄心は強いし、強情な上に忘れっぽく、ときにはずるくて不誠実でさえあります。欲張りで、考えが浅く、所有欲が強いくせに気まぐれで、臆病で、嫉妬深くて、無責任で、狭量で、忍耐心にかけ、偽善的でだらしない。でもこういう悪いところ全部にもかかわらず、人間には愛と呼ばれる、強くてすばらしいものがあって、彼らがあなたを愛し、あなたが彼らを愛するとき、他のことはいっさいどうでもよくなります。-第14章「愛について」
人間の視点から愛を捉えようとするとき、 どこかのポジションに立って愛を論じることは難しいです。愛ってとてもむずかしい概念で、勉強すればするほど、どんなものなのか迷宮入りしますし、これ!という解答を出すこと自体が、どこか軽薄なものに思えてなりません。この猫の理解する愛の概念は、他の動物の視点を借りて、ポール・ギャリコが愛を語っているものと思われます。シンプルで好きです。この後すぐに、「大切なことはこれに溺れすぎないこと」という注意書きが添えられているのも良い。
「愛とはなにか。愛するとは何か。愛されるとは何か。」ということに迷っている人が居たら、そっと本書をそばに置いてあげてください。
本書は基本的にユーモアたっぷりの作品です。ここは例外的に哲学的なことを語っていますが、基本「著者の猫」は人間をナメています。猫にとって、人間はコントロール可能である存在なのだということを熟知しているという設定です。毒舌的な猫による人間分析によって、人間というものを再確認できるし、猫との付き合い方にも思いを馳せることができます。
この部分は、本ブログでも紹介した『死神の精度』と似ています。人ならざる死神の視点から描かれる小説です。あちらはクールな人間描写ですが、本書は「そうそう、人間ってそういうダメなところ(いいところも)あるよな」とホッコリ思わせてくれます。肝心の紹介されるテクニックは猫用なので、僕たちからすると「うんうん、それされたら効くわ」と頷くだけで、勿論なんですけど、人間が使うことは難しいです。自己啓発として読むことはできませんが、人間理解の書の一つとしての威力は、文学作品ながら、というより、だからこそかもしれませんが、計り知れないものがある一冊です。
猫の写真集としての側面もある猫視点の詩集です。よかったらこちらも。読んでいて幸せになれます。